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アルプスの瞳 [二人の旅路]

アンソロ本「Le beau monde」の漫画の下書きをしつつ、無性に書きたくてしかたなかった話。
新婚さんしてるハジ小夜が書きたかったらしいです。  2007.10.12 

 
                                          (C)Pearl Box

                          *** アルプスの瞳***

息を呑む美しさとはこのことだろう。
青く澄んだ湖の中に、木々に囲まれた白い壁の教会が見える。その背後には対岸の崖に立つ小さな古城。岸辺の木立が鏡のような湖面に写って、エメラルドグリーンの輝きを放ち、さらに遠くにはいまだ雪をいただいた青い山脈がそびえている。
「わぁ・・・」
小夜は感嘆の声をもらすと、傍らに立つ同行者の黒いジャケットの袖をつかんだまま、しばらく言葉を失っていた。
「きれいだね。」
「ええ。」
短い言葉をかわして青年の白い美貌を見上げると、蒼い双眸が優しく見つめている。
視線があった瞬間、どきんと小夜の鼓動がはねた。気恥ずかしくてほんのり上気した顔を再び湖面に向けると、長い腕が華奢な肩を抱き寄せる。
大切な人と美しい風景を眺める・・・ただそれだけのことが、とても幸福なことなのだと、彼女はこの旅に出てはじめて知った。
「動物園」で暮らしたころには、あれほどこがれた外の世界だったというのに、そこを出てからの小夜は、人々が「奇跡のようだ」と称えるどんな光景にも心奪われることがなかった。いや、そんな感情さえ自分には許されないものなのだと自ら禁じていたのかもしれない。

ここはスロベニア、かつてバルカン半島に存在したユーゴスラビアから独立した国々のひとつである。
旧ユーゴに属していたほかの共和国では民族間の対立から、紛争が続いた時期もあったが、現在ではそれぞれ独立し、平和を取り戻した各国には、歴史ある街並みや宝石のように美しい自然を求めて世界中から人々が集まるようになっていた。
紺碧のアドリア海沿岸の旧ユーゴ諸国をめぐった二人は、イタリアやオーストリアとの国境に近いスロベニア北部のブレッド湖に立ち寄っていた。

「あのボートは島にいくのかな?」
鮮やかな緑が水面に影をおとす岸辺から、かわいらしい屋根をつけた手漕ぎのボートが沖に向かってゆっくりと進んでいく。十数人も乗ればいっぱいになってしまいそうな小さな船だ。
「行ってみましょうか?」
「あ、うん。」
船着場には先ほど見かけたのと同じような船が何艘か待機していた。その周りには、水鳥たちがのんびり漂っている。
やがて乗船の順になり、船頭とハジの手をかりて小夜が乗り込む。後ろにいる2人づれで船は定員に達するだろう。その一方はパンツルックの快活そうな女性だった。
ところが、船頭に手をとられて乗り込んだ彼女が席に着こうとふみだしたときアクシデントがおきた。先に漕ぎ出した隣の船から思わぬ横波がぶつかって、ただでさえ不安定な足元がぐらりと揺れた。
「きゃぁ!」彼女が叫んだのとほぼ同時に、ハジの腕がバランスを崩した女性の体をしっかり抱えていた。彼女の目の前には禿頭の老人がいて、もう少しでその上に倒れ掛かるか、低い手すりを乗り越えて湖に転落するところだった。
「大丈夫ですか?」
ハジが問う。
「は、はい。ありがとうございます。おじさん、驚かせてごめんなさい。」
目と口を大きく開いている老人に詫びて、彼女は腰を落着けると、ほうっと息をついた。
「ありがとう、彼女見かけによらず、そそっかしいんです。」
連れの男性もホッとした様子で礼を言った。
「本当に怪我はない?」
「平気。それにどうせ私は運んでもらうんだしね。がんばってよ、フランツ。」
「落ちなくてよかった。お嬢さんが大丈夫なら、出しますよ。」
船頭はにじんだ冷や汗をぬぐって、櫂をあやつりはじめた。ボートはさざなみをたてて、青く輝く湖へと漕ぎ出してゆく。湖岸の木々だけでなく、遠くのユリアン・アルプスまでもが、湖面にくっきり逆さに写っている。

「なんともなくて良かったけど、いまキャンセルしたら、、おまえに愛想つかされたんだって、悪友どもに騒ぎそうだよ。」
「いやね、いまさら心変わりなんてしませんよ~だ。でも、もうすぐだものね、気をつけなくちゃ。メイクで隠れない怪我なんてしたら、大変。」
「お二人はあの教会で式を挙げられるのですか?」
二人のやりとりを聞いていたハジが尋ねた。
「ええ、今日は打ち合わせにいくところなんです。」
「そうなんだ。おめでとう、こんなにきれいなところで結婚できるなんて素敵ですね。」
小夜の祝福に、ブランカとフランツは嬉しそうに礼を言った。

船は静かに湖面を進んでいく。紺青の水面にくっきりと島の木々の緑と教会の白い建物が写り、絵葉書そのままの風景が乗客たちを魅了する。島に近づくにつれて船着場から教会まで白く長い階段が延びているのが見えてきた。
「小夜、この教会には面白い習慣があるのです。」
「どんなこと?」
「島についたらやってみましょうか。」
そんなことを話しているとブランカが小夜に話しかけてきた。
「あなた方はフランスから?」
「そうです。」
ハジと二人の時は会話はフランス語なので、旅先でどこからきたか尋ねられたときにはそう答えている。
「私はサヤ。あの・・・教会の習慣て何なんですか?」
「私はブランカ、彼はフランツ。よろしくね。あなたの彼氏教えてくれなかったの?じゃあ、着いてからのお楽しみ。ね、それよりサヤ、そちらの超美形の彼とはいつから付き合っているの?」
「え、ええっ?・・・そ、その、幼馴染っていうか、長い付き合いだから、いつからっていわれてもはっきりしないの。」
赤くなってあらふたする小夜を見て、フランツがハジに囁いた。
「きみの恋人、エキゾチックでキュートな人だね。」
するとハジは隣に座っている小夜が膝の上で重ている手に、さりげなく自分の左手を重ねて、フランツの間違いを修正した。
「小夜は私の妻なのです。」
薬指にはシンプルなプラチナのリングが光っている。
そういうふうに紹介されることになれていない小夜は、さらに赤くなってしまった。
「え?サヤってすでに奥様だったの。東洋の人が若く見えるって、本当なのね。もしかして、新婚旅行中?」
「はい、そのようなものです。」
赤くなってうつむいたままの小夜に代わってハジが答えた。


やがて短くも素晴らしい船旅を終えたボートは、島の船着場に到着した。
「やあ。」
船着場には客人の見送りにきていたらしい一人の神父がいて、フランツ達を見つけて合図した。ブランカも手を振ってそれに応える。
「ミラン神父、ごきげんよう!」

「ねえ、ハジ。さっき言ってた面白いことって何なの?ブランカも着いてからのお楽しみだって、教えてくれなかったのよ。」
「あれです。」
それは教会へと続く長い階段だった。百段ちかくあるだろうか。
「階段がどうしたの?」
そちらを向いた小夜のからだが、ふわりと抱き上げられた。
「きゃっ、な、何?」
「この島では結婚式を挙げるとき、新郎が花嫁を抱いてあの階段をあがるのだそうです。」
「え~、結婚式ならしたじゃない。み、みんな見てるよ、おろして!」
小夜が抗議の声をあげると、後ろでほがらかな笑い声がした。

「ははははは・・・。せっかくいらしたのですから、旅の思い出に挑戦してみるのも一興ですよ。この階段と鐘が教会の名物のようなものですから。」
 ミラン神父と呼ばれた中年の僧侶は気さくな人柄らしい。
「ようこそ、スロベニアへ。新婚旅行中だとブランカから伺いました。記念写真くらいは承りますよ。」
「お言葉に甘えてお願いします。」
ハジは小夜が持っていたデジタルカメラをさっと神父に預けてしまった。
「では、私は途中まで先に上がっていましょうか。」
と、階段の下で1枚撮影すると、神父は軽い足取りで上っていってしまった。
「ちょっと、ハジ。恥ずかしいよ。」
「ですが小夜、カイに写真をみせるときに、食べ物と一緒に写っているものばかりというのもどうかと。」
「そ、そんなこと・・・あるかも。」
思い返してみると、美しい海や街並みを背景に写真に納まるときも、自分は何かしら食べ物を持っていた気がする。串に刺さっているものはもちろん、穀物でつくった皮に肉や野菜を巻いたり挟んだりして手に持って食べる料理は各地にあり、しかも市場や屋台で気軽に味わえるご当地料理なのだから、そういうことになってしまったのだ。
「では、行きましょう。花嫁は沈黙を守ってください。」
抱いているのは小柄な少女ながら、傍目にもかなりの重さがありそうなチェロケースを背負ったままで痩身の青年が階段に足をかけたので、フランツ達も周囲の観光客も大丈夫なのかと注目した。
シュヴァリエの身体能力をもってすれば、こんなことはまさに朝飯前なのだが、ハジは大切に小夜を抱えて、一歩一歩着実に石段を踏みしめた。
小夜がそっとハジの表情をうかがうと、蒼い瞳はまっすぐ前を見据えて、どこか誇らしげに思えた。
『花嫁が長いドレスでここを上るのは、確かに大変だわ。でも、ふつうの男の人にとってはこれってかなりの重労働だよね。』
小夜が二人だけに通じる声で語りかける。
ハジは黙っていてと教えたのにそうきましたか、と苦笑した。
『こうしているとなぜこんな習慣がうまれて、それがずっと続いているのか、わかるような気がします。』
『どんなことなの?』
『秘密です。』
『え~っ。』
『男がわかっていればいいことですから。』
『そんなのひどい、私だってみんなに見られるの我慢してるのよ。』
と、小夜がチャームポイントであるぽってりしたくちびるを尖らせる。
『しかたないですね。想像ですけれど・・・妻や家族を養い守る、その責任の重さをかみしめる・・・そんな意味合いがあるのかもしれません。』
前を見据えたまま、表情をかえることはなかったが、彼にしてはめずらしくはにかんでいるように小夜には思えた
『そう、なんだ・・・。』

青年が危なげなくが階段をのぼりきると、見物人から『おう・・・』と感嘆の声がもれた。中には「おめでとう」と拍手してくれる人もいる。
「こりゃあ、僕も頑張らないとな。」
「大丈夫?ドレスの分重くなるのよ。」
「どうだろう?」
「ええっ?」
「大丈夫、大事な花嫁を落としたりしないよ。」
そんなやりとをしながら、ブランカとフランツは並んで階段をあがってきた。
「そうだサヤ、ここの鐘は鳴らせたら願いが叶うっていわれてるの。すごく重いけど、がんばって。」
「それじゃ、お幸せに!」
「ありがとう、あなた方もね。」

 

 

神父に案内されるブランカたちを見送って、小夜は見晴らしの良い静かな高台に移動した。
澄んだブルーの空の下で湖の湖面は深い青とエメラルドグリーンに輝いている。
きれい・・・
ふと、青いバラの花びらが小夜の脳裏に舞った。
「小夜、どうかしましたか?」
ハジの声がしたが、それはどこか遠くからのように聞えた。

動物園を出たディーヴァも、こんな光景を見たことがあるだろうか。
外の世界を知りたい・・・塔の窓からの眺めしか知らない妹は自分よりも強くそう思っていたのではないかしら。

『ずるいよ、姉様ばっかり人間扱いで、幸せで・・・楽しくて。』
悲しげな青い瞳。
それはいつしか燃え盛る炎を背にしていた。
小夜の視界が赤に染まる。
燃え盛る屋敷、ジャングルを焼き尽くす炎。
血の海に人形のように投げ出されている人影・・・・。
肌に吹き付ける熱風に煙の匂いと血臭が混じっている。

小夜の体がぐらりと傾いだ。


「気がつきましたか?」
目をあけると、若葉の緑をとおして木漏れ日が踊っている。しばらくそれをぼんやりながめて、自分がハジの膝を枕に横になっているのだと小夜はようやく理解した。教会のほうからかすかに子供達が歌う「アヴェ・マリア」が風に乗って聴こえてくる。
「ハジ、私?」
「大丈夫、気を失っていただけです。」
「本当に?」
小夜が不安そうに、ハジの服を握る。ハジはその手を上から包み込んだ。
「倒れてから、10分ほどしか経っていませんよ。」
「心配かけてごめんね、ハジ。何もなくてよかった。」
ときおりフラッシュバックする記憶は、たやすく小夜の意識を過去へと押し流してしまう。後悔と罪の意識のにさいなまれながら、小夜が何よりも恐れるのは、それが暴走のきっかけになることだった。
体を起こした小夜をハジの腕が抱き寄せる。
「私を信じてください。」
「うん。」
「もしものときは、どんなことをしてでも、あなたを止めると誓ったでしょう。」
「うん。」

その言葉がなければ、小夜は旅にでることはおろか、人と共に生きることもためらっただろう。
しかし、・・・万一のときは、自分の命を奪ってでも・・・そんな誓いをさせることを小夜は躊躇した。『全てが終わった殺して欲しい』・・・かつての約束が、どれほどハジを苦しめたか、いかに残酷な頼みだったかを思えば当然のこと、うなずくことなどできなかった。

そんな彼女に、
『前とは違いますよ。この約束はあなたが今日と明日を生きるためのお守りです。小指を出して、小夜。日本では約束を交わすときにはこうするのでしょう。』
そういって、ハジは長い指をからめた。
『ひとつだけ・・・どこまでも供をすることを許してほしい』と、言葉にすれば小夜が拒絶するのがわかっているその思いは胸にしまったままで。
心ならずも守るべき人々を傷つけてしまった惨劇の記憶は幾度となく小夜を苦しめる・・・だが罪があるというのならそれは小夜ではなく、小夜を止めることができなかった自分にだ。もう二度とそんなことはさせない。それは小夜自身がもっとも悲しむことなのだから。
それがハジの決意だった。

「小夜・・・。」
しっかりと自分の手を握るひんやりした大きな手が、小夜を安堵させる。
この手があるから、ハジがいるから・・・大丈夫。
小夜も思いをこめてきゅっとハジの手を握りかえした。
見つめあう二人の距離をどちらからともなく縮めて、互いのくちびるが触れ合う。
緑の天蓋の隙間から差し込む光が、二人のまわりで妖精のようにちらちらと舞っていた。


「やった!1番の・・・。」
「きゃ、急に止まらないでよ。」
小高い丘に駆け上った男の子がいきなり立ち止まったので、すぐ後に続いていた巻き毛の少女は彼の背中にぶつかってしまった。
「いったぁ・・・何?」

小夜が声のほうに振り向くと、お菓子を包んでいると思しきカラフルな紙ナフキンを握り締めた9~10くらいの子供が数名立っている。どうやら彼らは先ほどの歌声の主らしい。きっとここは彼らのお気に入りの場所なのだろう。
「わぁ、王子様みたい・・・。」
「恋人同士?」
「うん、さっきキスしてた。」
「ちょっと、あんたデリカシーないの?」
二人を遠巻きにして、子供たちは小声でささやきあっている。

「ここは場所を譲ったほうがよさそうですね。」
ハジは微笑を見せると小夜の手をとって立ち上がらせ、それから小さな天使たちに優雅に挨拶をした。
「知らぬこととはいえ、あなたがたのお庭に入りこんでしまった失礼をお許しください。」
とたんに『きゃ~』と歓声があがった。
「すごい、本物の王子様みたい!」
貴婦人に対するようなうやうやしい仕草に、女の子たちは手をとりあってぴょんぴょん飛び跳ねた。対して男の子たちはおもしろくない。
「人は見かけじゃわかんないんだぞ。悪いやつだったらどうするんだよ。」
「そうだよ、棺おけみたいなの持ってるし、絶対あやしいって!神父様呼びにいこう。」
「え~っ。」
このやりとりには小夜がぷっと吹き出してしまった。
古風な銀の装飾がほどこされた黒いチェロケースは子供たちにとっては、巨大な不審物に違いない。
「ミラン神父でしたら、先ほどお会いしましたよ。」
「なんだ、誘拐犯じゃないのか・・・。お手柄だったら、ご褒美いっぱいもらえたのに。」
がっかりしたような男の子の言葉にみんなの笑い声がはじけた。

『私たちは礼拝堂に行きますからどうぞ』とハジは場所を譲ったにもかかわらず、子供達はハジが携えるチェロケースに興味津々で二人に着いてくる。
女の子達はハジのそばは気恥ずかしいのか、小夜にまとわりついて、
『あの人って、王子様?』『お姉さん、どこから来たの?』と口々に質問を投げかける。
「ね、あれはもう鳴らした?」
ふわふわの金髪を編みこんだ少女が白い鐘楼を指す。
「ううん、まだ。」
二人は先に礼拝堂によるつもりでいたのだけれど、子供達にやってみせてとせがまれ、ちょうど中年の夫妻が残念そうに立ち去った後には鐘楼には誰もいなくなったこともあって、たがいに目を見合わせて小さくうなずいた。

ハジが上を見上げ、軽くロープをひいて加減を調べる。
「ここをもってください。」
「うん。」
ハジは左手で小夜の肩を抱くと、空いたほうでロープの上部をつかんだ。
「願い事は決まりましたか?」
「え?あ、ええと・・・。」
小夜は両手でロープを握ったままほんの少し考えこむと、『決まったよ』とハジを見上げた。
カイのこと、響と奏の将来、自分がなすべきこと、願うことはたくさんあるけれど、いま一番強く思うことは・・・。

「1、2、・・・3!」
子供達の声にあわせて小夜が力いっぱいをひくのと同時にハジもぐんと力を込めた。
カラーン、カラーン、カラーン・・・カラーン・・・カラーン・・・
重い鐘がかろやかに鳴り響き、「アルプスの瞳「」と称えられる澄んだ湖面を渡ってゆく。
島を訪れている人たちはもちろん、湖のほとりでジョギングや昼寝を楽しむ対岸の人たちも思わず鐘楼のほうに目をむけた。


「もうっ、あまり目立つことしちゃダメじゃない!」
鳴った、鳴ったとはしゃぐ子供達に囲まれて、小夜は小声でハジをたしなめる。
「すみません、力加減が強すぎました。ですが、こういうものは鳴ったほうがいいでしょう。」
「そりゃあ、そうだけど。」
ハジとて、鐘が鳴らせたからといって願いが叶うものならばこの世界に紛争や貧困など、とうの昔に無くなっているだろうとことは分かっている。それでも、人々が希望を見失わずに未来を描くことができるのなら、この鐘のいわれも意味のあるものなのだろう。第一・・・小夜をがっかりさせることはしたくなかった。
「お姉さん、何をお願いしたの?」
小夜は女の子のひとりにたずねられて、くちごもった。
「そ、それは・・な、内緒。」
照れた様子の小夜をハジはいとおしげに見つめた。

白い壁のゴシック様式の建物に足を向けると、ミラン神父とブランカ達が戸口に立っていた。
「今の鐘はあなた方でしたか。」
「すごいわね、あんなに鳴ってるの聞いたの初めてよ。びっくりして出てきちゃった。」
やっぱり目立っちゃったじゃないと、小夜が軽く困った夫をにらむ。
子供達は立ち話をしている大人たちのあいだに割り込んで、
「神父様、あの箱の中楽器なんだって。神父様のお許しがもらえたらここで演奏してくれるって。いいでしょ。」
「お願い。」
「オレも見たい。ほんとに棺おけじゃないか確かめないと!」
「これ、フリッツ!」
瞳を輝かせた子供達に懇願されては、慕われている様子の神父に否といえるはずもない。
「お急ぎでなければ、是非この子たちに聞かせてやってください。」
「ええ、喜んで。」
笑みを見せるハジに、子供達の表情がぱっと明るくなった。
「俺達の歌も聞かせてやるよ。」
「お姉さんも一緒に歌おう。」
子供達が小夜の手をひく。
「え?私も?」
「いいじゃないサヤ、私も付き合うわよ。」
ブランカが軽くウィンクをしてみせる。
神父にうながされ、二人は子供達に囲まれてこじんまりした緑の扉をくぐった。
この日二人が鐘の音に託した願いのように、しっかりと互いの手を携えて。

 


――――何があっても、二度とこの手を離すことがないように――――

 

                                       *終わり*

 


コメント(10) 

コメント 10

mamt

こんにちは~。早速来ちゃいました。
素敵でしたよ。ハジがすっかり女の子達の王子様になってるとことかいいですね。
アンソロにこっちも出せばよかったのに~~~。本館のTOP絵とリンクしてますか?
読んだあと、とっても優しい気持ちになれますね。

私もあちら更新してきました~。(放置しすぎ)
by mamt (2007-10-12 13:27) 

ゆず茶

>mamtさん
母屋で告知するまえにきてくださってたので、びっくりしました。
≫読んだあと、とっても優しい気持ちになれますね
拙い小説もどきに感想ありがとうございます~~。アンソロに出すことも検討はしたのですけど、この話だけで10ページを超えそうなのであきらめました。
むこうのTOP絵は次に予定してる話の舞台なのです。

あちら、見せていただきましたよ~。手の調子がよくなって良かったです。
by ゆず茶 (2007-10-12 21:04) 

てさ

や~ん!素敵なストーリーですわ~!!
目を合わせて「どきっ」とするなんて
なんてうらやましいんでしょう~!
私にそんなことあったかしら・・・
そんな恋、してみたいです~~~♪(←としがいもなく・・・)

ところで・・・読んでいて、途中で
「ん??ハジ・・・新婚旅行にもチェロケース背負ってんのっ!?」
と、思わず突っ込んでみたのですが
チェロは重要な役割があったんですね~!と納得。
アルプスとハジのチェロ
絵になる~~~!!!
by てさ (2007-10-12 21:53) 

うさぎりんご

>てささん
いえいえ、私も年甲斐もなくハジにときめいてますよ~。
チェロケース、邪魔よねぇ(笑)。私は書きながら、「船の料金、2人分要求されるんじゃ?」と思ってました。
by うさぎりんご (2007-10-13 14:15) 

彩国

やっと読めました(感涙)どうもパソの調子がいけません。スロベニアにはこんなステキな習慣があるんですね~またひとつ賢くなりましたよ。く~~~~でもいいな~姫抱っこで階段上るの!!一段ずつ愛する人の重みと思いをかみ締めるんですよ!!す~て~き~でベストヒットなセリフは「小夜は私の妻なのです」って~~~小西ボイスで聞きたい!!と~っても幸せになるSSでした。しかし絵になるSSですね。表のTOP絵もすごく好きです。
by 彩国 (2007-10-13 21:05) 

うさぎりんご

>彩国さん
いらっしゃいませ~。そうなんです、階段を姫抱っこであがるのがやりたかったんです!スロベニアは旅行パンフを見るまで全く知らなかったけれど、写真に一目ぼれして、そのうえ教会の階段ことが載っていたので飛びつきました。
≫と~っても幸せになるSSでした。
ありがとうございます。拙い文章ながら、そういっていただけるのがすごく嬉しいです。
by うさぎりんご (2007-10-14 16:06) 

宵猫

こんばんは!いろいろご活躍でうらやますぃです~~。
表のベリーダンスも水着も見ましたです。どれもこれもとってもいい!ゆず茶さんの、作品やキャラクターに対する愛がひしひしと感じられます。
こちらのSSも風景がよくわかってとても楽しみました。この教会も伝説も本当にあるんですね~~。うわぁ、ハジ絶対下調べしてるね。
「はははは」なんて小西ヴォイスで笑うハジも是非、見て見たい!(無理だろうけど)いい物を見させていただきました。今日の疲れが癒されます。ありがとうです!
by 宵猫 (2007-10-15 23:07) 

うさぎりんご

>宵猫さん
サロンが休館だと寂しいですよ~。あはは・・・へんてこなものばっかりというか、最近小夜たんのお色気ものが多いです。(笑)
>この教会も伝説も本当にあるんですね~~。
そうです~、階段のことも鐘のことも旅行パンフに出てるんですよ。

あちゃ、失敗・・・ごめんなさい(汗)、笑ってたのは神父さんなのです~~。わかりにくかったかも・・・自分だけわかって書いてる時があるものですみません!!あとで手を入れときます。
by うさぎりんご (2007-10-15 23:46) 

流花

こんばんは!素敵でしたー!幸せな二人に頬が緩みっぱなしです。《妻》と《夫》ってステキだなぁ。キスシーンもそんな二人の映像が脳裏に浮かんできました。30年後もやっぱりお姫さま抱っこは外せませんね(笑)
by 流花 (2007-10-20 21:51) 

うさぎりんご

>流花さん
いらっしゃいませ~。よんでくださってありがとうございます。
ハジ小夜ですので、何年たってもラブラブで姫だっこ(笑)してほしいです。
うちのダンナは結婚式のときでさえ「重かった!」だって。そりゃドレスきてたけど、私自身はその頃が1番軽かった!!
by うさぎりんご (2007-10-22 12:23) 

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